失敗の法則

テレビを眺めていた。といっても、放送されている番組を見ていたわけではない。テレビジョン受像機。テレビという機器そのものに目を向けていた。

今では大半が液晶テレビと呼ばれる製品になっている。かつてプラズマテレビと呼ばれる製品があった。医師をしていた岳父が一番大きい型番を所有していた。実は今も別荘に置いてある。

当時の価格で200万円ほどしたはずだ。老舗高級店で購入したのを覚えている。彼なりに張り込んだのだろう。

JR目黒駅前を車で通りかかるたび、ある建物を目で追ってしまう。現在は東急が入っている。以前はそこにパイオニアの本社があった。同社は2009年、本社機能を川崎市に移転すると発表。目黒本社は売却された。

パイオニアといえば、まさにプラズマで一世を風靡したメーカーである。その前にはレーザーディスクで一発当てた。

プラズマテレビは1992年に富士通が世界で初めて開発。電極板に挟まれたセルにネオンガスを封入し、電圧をかけることでプラズマ放電を起こし発生した紫外線が蛍光体に当たって発光する技術を応用している。独自の特徴を有しているが、価格では液晶に分があった。

目黒駅界隈で感慨に浸ってしまうのには理由がある。プラズマの全盛期とほぼ時期を同じくして私はパイオニアの販売促進の仕事を手掛けていた。広告代理店に勤務していた時代のことだ。「どうやって売るか」。当時はその一点しか頭になかった。当時の日本経済は今とはまるで違う様相を呈していた。私たちの働き方も尋常一様ではない。3、4日徹夜することなど、ざらにあった。今から40年以上前の話だ。

パイオニアはもともとカーオーディオで成長を遂げた。その蓄積があるから、今もなんとか生きながらえている。

プラズマの絶頂期。パイオニアは非常に大きく業績を伸ばした。販売促進で仕事をもらっていた私もワクワクしながら仕事をしていた。

プラズマテレビを代表する製品といえば、何と言っても、「KURO」だろう。同社が有する「高発光効率化技術」「高コントラスト化技術」「パネル超薄型化技術」といった技術の結晶。電源を入れると、直に映し出される「黒」の美しさには毎度目を見張る思いがした。

月並みだが、非常に美しかった。漆黒を見せてくれる稀有なテレビだったと思う。この技術力に関しては同業他社を寄せ付けないものが確かにあった。パイオニアの技術者たちはそのことを誇りにしているようだった。

パイオニアには一風変わった文化があった。プラズマの販売促進策を講じるに当たって、関与する者が全員参加してオリエンテーションが行われた。製品の細かな性能に始まり、あらゆる角度から丸裸にしていく。オリエンが終了した後も販促プランを練る上では緻密に一歩ずつ進めていった。

一言で言えば、職人気質なのだろう。これは何もパイオニアに限った話ではない。日本人にどこか共通する体質だ。

「非常に優れた製品を作れば、必ず売れる」 私たちは自然とそう思い込んでいる。だが、マーケティングの原則によれば、それは明らかな間違いだ。売れるのは優れた製品ではない。わかりやすい商品である。

連日、徹夜で仕事をしていた時代。精魂を込めて取り組んでいると、いつの間には「俺たちのやっていることは正しい」という思い込みに支配されてしまう。

2007年の薄型テレビ世界シェア1位はパナソニック。2位がLG電子、3位がサムスン電子だった。パイオニアは4位である。

パイオニアは2007年度第1四半期の決算で「販売台数を増やすよりも平均単価を維持する」との戦略を打ち出した。新シリーズ「KURO」を発表したのはこのとき。高価格帯の製品に注力していく姿勢を鮮明にした。

単価の高いフルHDの製品の占める割合が約20%まで増えるため、前年から3%増の単価にできる。パイオニアはそう踏んでいた。

その頃、パイオニアはNECのプラズマ工場を買収した。同社はもともと音響の専門メーカーである。レーザーディスクで大きくなり、プラズマでさらに拡大すれば、大手家電各社と肩を並べる存在になり得る。これは社を挙げての願望だった。

技術者を筆頭にパイオニアの従業員は皆職人気質だった。良いものを作れば、売れる。自分たちのしていることは正しい。全社的にそう思い込んでいた。

パナソニックは2005年から兵庫県に4000億円を投じて3棟の巨大なプラズマテレビ用パネル工場を建設。稼動させる。

だが、2011年には2棟の工場停止を決めざるを得なくなった。技術の進歩によりプラズマテレビが得意とした大画面テレビは液晶に侵食されていく。世界出荷台数で1割以下に落ち込んだ。

テレビはコモディティ化(汎用化)が急速に進み、円高もあって日本企業は薄型テレビの国際競争力を失っていく。2011年、薄型テレビの世界シェア1位はサムスン電子、2位がLG電子。韓国勢が世界の37%以上を占めることになった。

パイオニアは2008年3月、プラズマのパネル生産から撤退。テレビ組み立てに専念する方針を表明済した。

プラズマテレビ事業の継続には新たなパネル調達元が不可欠。そこで、プラズマ世界首位の松下電産を選択する。契約に基づき、技術者を松下に転籍。パネルの共同開発に踏み切った。

パイオニアにとって、プラズマは非常に単純な失敗と総括できる。価格競争力で勝ち目はない。体力を失った挙げ句、本社も手放す憂き目を見た。

パイオニアの蹉跌から私たちは何を学べばいいのか。「単一民族」特有の同一価値観思考からはそろそろ脱却したほうがよさそうだ。

「他人も自分と同じ考えだろう」と思い込むほど危険なものはない。「いいものは売れる」という信仰は何のことはない、自分の価値観を他人に押し付けているだけのことだ。

規模が拡大すれば、価格は下がるのではないか。後進諸国との競争はどうなるのだろう。思い込みの果てに負の情報はどんどん遠ざけられていく。

パイオニアと同じような失敗はソニーも経験している。ソニーがかつて販売していたAV機器のシリーズ「クオリア」がそれだ。

品質のよさは信じられないほどだった。脳科学者・茂木健一郎氏が発表した論文に当時の経営トップ・出井伸之氏が触発され、ブランドを立ち上げた。「クオリティが高いものに人は感動する。買うに決まっている」

なぜか出井氏とソニーはそんな観念に引きずられてしまう。同社はクオリアに持てる技術力を結集させた。四角い大きな箱そのもののブラウン管テレビ。だが、「写真が動いているのか?」と見紛うほどに画面は美しかった。もちろん、価格も高くなる。売れるはずがなかった。

クオリアは「失敗の本質」を私たちに突きつけている。

①単一民族ゆえに価値観は他人も同じだと思い込む
②職人気質のあまり「自分たちのしていることは正しい」と錯覚する
③負の情報はひたすら排除し、合理的な思考から遠ざかる

これら3つの段階を経て、人や企業は失敗に至る。共通するサイクルとみていいだろう。

マーケティングに関わる際、失敗のサイクル3段階は常に頭に置いておきたい。マーケティングの教科書には「うまくいった話」が書かれていることが多いからだ。特に日本人は比較的安寧で侵略されることのない歴史の中にいた時間が長い。よその国は違うことを肝に命じておくべきだろう。

「プロジェクトX」や「下町ロケット」には確かに多くの知恵が散りばめられている。そこから学べることは少なくない。 だが、成功の確率はいかほどだろうか。目を凝らして現実を見つめてみれば、恐らく大半は失敗なのではないか。希少な成功例だからこそ、価値がある。人々も褒めそやす。 当たり前のことではある。それでも、失敗に至る3つのプロセスはどこか頭の片隅に置いておきたい。

目黒駅前でハンドルを切りながら、今はない社屋に思いを馳せる。その度に苦い記憶と自戒の念がわき上がる。

Photo licensed under the Public Domain Mark 1.0.

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