日米不平等条約

一国の政府にとって最も大切な使命とは何だろうか。国民の安心・安全を確保すること。これに尽きるだろう。
2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、日本のみならず世界各国で安全保障の重要性が再認識されている。
現在の我が国を損得勘定で見た場合、安心・安全はどの程度保たれているのか。

ここでは安全保障をマーケティングの観点で見てみたい。
国土の防衛は数値化しにくい問題に思える。だが、そこをあえて「バランスシート」に載せてみることにする。
果たしてどれほどの実利を得、得をしているのか。日本は米国にいくら支払い、どれくらいの兵器を買っているのか。

折しも現在、防衛費を「5年以内に国内総生産(GDP)比2%」まで増やすことの是非をめぐって議論が続いている。
松野博一官房長官は9月14日の記者会見で防衛費の算定方法に言及した。
「防衛省予算に限らず、国防に関わる予算を示す意味で参考になる指標の一つだ」この発言は海上保安庁予算など安全保障関連経費を幅広く組み入れる北大西洋条約機構(NATO)の基準を参考に検討する考えを示したものらしい。
自民党内の「防衛費をGDP比2%程度まで増額」との声に対し、算定方法見直しで要求水準に近づける狙いもあるようだ。

こうした発想や議論はいかにもさもしく見えてならない。防衛費にどれだけのカネをつぎ込んでいるのか。この一点だけが喫緊の課題であるかのように思えてしまうからだ。数字にうるさい上にごまかしまで横行しているのは疑問でしかない。
企業の経営資源の基本は「ヒト、モノ、カネ」だとよくいわれる。重要なのは「カネ」だけではないという点だ。
防衛費についてもカネだけではなく、ヒト、モノの観点が必要だろう。
例えば、モノの一例として空間を見てみよう。沖縄県内で米軍の軍事施設が広大な面積を占めているのは周知の事実だ。
沖縄県の在日米軍基地が日本の国土面積に占める割合は1割以下。だが、在日米軍基地面積の7割以上が沖縄県に集中している。カネだけではない。モノにおいても我が国は米国に多大な投資をしている。

では、日本が得ている便益とは何か。この点についての議論はあまり見られない。これは片手落ちではないのか。
ごく簡単に言えば、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(日米安全保障条約)である。この国の安心・安全は日米安保、具体的には米軍基地によって保たれている。

英文の日米安保条約全文は外務省防衛庁・自衛隊のウェブサイトでも公開されている。
余談だが、日本国憲法にまつわる書籍の出版ブームがかつてあった。前文や9条の理念を称え、守ろうとする内容。暗記することをすすめるものもあった。
日本国憲法は全11章、103条から成る。一方、日米安保条約はわずか10条しかない。一国の生殺与奪の権を握る条約である割には短い。非常に簡潔なものだ。日本国民ならすべからく読むべきだろう。
この条約が規定する内容を実行してもらうために、私たちは膨大なヒト、モノ、カネをつぎ込んできた。

5条は次のように定めている。

各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する

日本の領土が攻められたら、日米両国は〈共通の危険に対処するように行動する〉。同盟国として当然のことである。
ただ、注意も必要だ。直前の一文に注目したい。〈自国の憲法上の規定及び手続に従つて〉とあるではないか。
つまり、こういうことだ。日本が攻撃されたとする。米軍は「直ちに」来てくれるわけではない。あくまで憲法上の規定及び手続に従った上でのことだ。

米国大統領には強大な権限が付与されている。だが、戦争を始める権利はない。連邦議会の承認が必要だ。
これらの手続きにどれくらいの時間がかかるのか。定かではない。
日米安保条約を精読すれば、日本とウクライナの間に少しも変わりはないとすぐにわかる。ウクライナは「緩衝国家」と呼ばれている。日本の首相はかつて「不沈空母」と自ら名乗った。
ウクライナは米国と同盟関係にはない。北大西洋条約機構(NATO)にも加盟していない。
日本には日米安保条約があるものの、NATOには非加盟だ。戦端を開いた場合、ウクライナと同じような対応を米国は取ってくるだろう。中国が侵略してきたとしても、ウクライナと同様、武器の供給は受けられる。
「日本は弾薬が足りないそうだから」と大量に買わせてくれることもあるだろう。現にこれまでも米国は自国の軍需産業が製造した武器を長年にわたって山のように押し付けてきた。そこで米国は言う。
「さあ、武器の用意はできました。撃ち合いは自分たちでしてください」

これに対し、NATO加盟国が締結している北大西洋条約ではどうなっているのか。同条約で集団防衛に触れているのは第5条である。規定は下記の通りだ。

  • 締約国に武力攻撃が行われた場合、国連憲章の認める個別的または集団的自衛権を行使。
  • 北大西洋地域の安全を回復し、維持するために必要と認める行動(武力行使を含む)を個別、あるいは共同して直ちに取り、攻撃を受けた締約国を援助する。

これも余談だが、北大西洋条約に関しては我が国の外務省欧州局政策課が非常にわかりやすい解説をインターネット上で公開している(北大西洋条約機構 (NATO)について 2.2MB PDFファイル)。日米安保条約についても同様の措置を願うものだ。
北大西洋条約に話を戻す。ポイントは明らかだ。
〈必要と認める行動(武力行使を含む)〉を〈直ちに〉取る。
ここには一切の言い逃れ、言い訳はない。
同じくネット上で条約の原文も参照できる。ぜひ英文にも当たっていただきたい。

我が国の安全・安心を示すバランスシートの非対称性は明らかだ。こうなれば、野党も含めた立法府、行政府がしなければならないことも自ずと決まってくる。
米国に対して、日米安保条約の第5条だけを「改正してほしい」と申し入れるのだ。日本の領土に武力攻撃がなされた場合、日米両国は共同で直ちに対処する。極めて簡素だが、要を得ている。これでこそバランスシートに見合う安保条約だ。

現行の日米安保条約は「不平等条約」に他ならない。明治政府は治外法権を認め、関税自主権のなかった不平等条約の改正にほぼ明治年間の全てを費やした。
米国の「保護領」から主権国家に生まれ変わるためにも、私たちは再び「不平等条約」に向き合わなければならない。
北大西洋条約並みに均衡の取れた条約を目指して、第一歩を踏み出そう。岸田文雄内閣は国民が沈黙している限り、何もしようとはしないはずだ。

誠に異常な事態でありながら、国会や省庁、メディアは全く騒がない。日本を取り巻く状況は残念というしかない。
だが、それでも私は言いたい。安心・安全を取り戻すために。

「不平等条約」改正は何より優先されるべき課題だ。

嘉手納飛行場空撮写真 ©Sonata 2010. Licenced under the CC BY-SA 3.0.
日米国旗写真 ©Dpd3ut 2016. Licenced under the CC BY-SA 4.0.

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