良識の府

極めて時代相を帯びた事態だった。安倍晋三元首相が2022年7月8日、奈良市内での街頭演説中に銃撃され、死亡した。事件発生から10日余りが過ぎ、山上徹也容疑者が事前に安倍氏殺害を示唆する手紙を送っていたとみられることが明らかになった。

容疑者はその手紙に「安倍(元首相)の死がもたらす政治的意味、結果、最早(もはや)それを考える余裕は私にはありません」とつづっている。3年ほど前からSNSを通じて母親が信仰する宗教団体・世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への怨嗟に満ちた投稿を続けていたことも判明した。

私と同年輩の人にとっては統一教会というより「勝共連合」のほうがしっくりくる。その名の通り、この団体は共産主義勢力を批判し、打倒することを旗印にしていた。マスメディアやリベラル、左派の言論人は元首相と統一教会の関係を競って暴き立てようとしているように見える。まるで「統一教会潰し」そのもののようにさえ感じられるほどだ。

安倍氏の急死は政界ばかりでなく、私たちの社会にも大きな影響を及ぼした。通算8年8ヶ月の長きにわたり首相の座にあり続けた存在感は伊達ではない。我が国の憲政史上最長記録を打ち立てた政治手腕にあらためて刮目した人も少なくないだろう。
安倍氏の国葬が秋に行われる見通しだという。事実上、日程も決まっているようだ。

岸田文雄首相は安倍氏の死を悼む声の大きさに安堵しているのではないか。国民的な人気の前には「元首相の死を政治利用している」との当然の批判もかき消されがちだ。
参議院選挙で勝利を収め、「黄金の3年間」で長期政権に向けて盤石な体勢を固めたい。そんな展望を持っていたであろう岸田氏にとって国葬は誠に意義のある儀式となるに違いない。

こうして見ると、安倍氏の死は左右の両極によって追い風となっている。生者は右も左も元首相の受難を最大限に利用しようと躍起だ。
地位の安泰を目指す現首相と保守反動カルト教団を叩きたい層。どちらにも肩入れする気にはとてもなれない。
今回の銃撃事件の容疑者には現在のところ、政治的・思想的な背景はなさそうだ。
テロルとは違った文脈で解明が進んでいくのだろう。

事件の第一報に接し、私は複雑な心情にかられた。
小火器を手にし、元首相に迫った男に警察官はタックルのように組みつき、取り押さえた。
SPは銃撃のような非常事態において警備の対象者、要人に折り重なる。引き倒して自らを盾にして守るのが国際標準だ。
だが、元首相銃撃の現場での立ち居振る舞いはおよそそれとはかけ離れたものだった。1発目の銃声が轟いた後、警官は呆然。2発目が元首相を捉えたところでようやく無抵抗の容疑者を確保している。SPは演説を聞きに集まった聴衆を元首相と同じ方向から見ていたのだ。

容疑者は背後から直線的に対象に近づき、目的を完遂した。排除できなかったことが本当に悔やまれる。
今回の銃撃事件は警備が万全でなかったから起きた。トップリーダーの盾となる体制すら取れないのが日本の警備の現状。米国で大統領が狙われ、あのような沙汰に終わったらどうなるだろう。

あらゆる意味で日本は平和な国だ。長期政権、政治の「安定」の下、官僚機構の弛緩ぶり、緊張感の欠如はかねて指摘されてきた。だが、警察にまでそれが及んでいようとは。杜撰と表現するだけでは追いつかない。
繰り返すが、容疑者には政治的・思想的な動機が乏しい。もちろん、「通り魔」的な犯行と切り捨てるつもりは毛頭ない。ただ、参議院選挙の最中に起きた事件を「民主主義への挑戦」と捉えるのには抵抗がある。

さて、参議院選挙についてである。これも印象的な結果をもたらした。選挙戦を通じて新しい政党、政治勢力の台頭が目立った。
それらの党はそれぞれ具体的な背景を持っている。NHKへの受信料不払いや天皇を中心に一つにまとまる平和な国づくり、反ワクチンなど、ワンイシューを打ち出しているところが多い。
言い換えれば、個人的な境遇に対する不満を燃料に炎上させ、他に責任を転嫁していく。選挙戦でもそうした戦術を貫徹した。「一人カルト」と形容する向きもあるようだが、言い得て妙ではある。それらの党が担ぐ候補者も極めて個人的な問題を解決するために出馬しているように見受けられた。

一昔前なら、「泡沫候補」「売名行為」で片づけられる色物に過ぎなかったはずだ。だが、驚くべきことにそうした政党のいくつかが私の想像を超えた支持を集めた。参政党事務局長の神谷宗弊氏は比例代表で15万9000票を獲得し、初当選。暴露系YouTuberで知られるガーシー氏もNHK党から出馬し、議席を獲得している。

ガーシー氏は普段からYouTubeを通じ、ネガティブキャンペーン紛いの投稿を繰り返してきた。
はっきり言えば、スキャンダルで話題を繋ぐ商法だ。主流メディアが伝えない「真実」を白日の下にさらす。彼らの言葉で言えば、「めくる」というのだろうか。視聴者を含む有権者の後押しを受け、晴れて国会議員の身分を手に入れるに至った。
ただ、残念ながら、今回の参議院選挙では大局観に立った本格的な論戦はあまり見受けられなかったのではないか。新興勢力の勃興は結果的に野党の分断と停滞に貢献し、与党やその補完勢力の伸長をもたらした。

このところ、誤解や曲解が進んでいるようだが、野党とは批判勢力に他ならない。政権与党の国家運営や政策立案に対し、粛々と反対し続ける。「提案型」を目指す向きが増えているようだが、どこを向いて政治をしているのだろうか。
選挙結果が明確に示しているのは野党の劣化。野党が力を失っている現状は民度の劣化とも合わせ鏡ではないか。候補者や当選者の顔ぶれと有権者の投票行動。共にそれを裏付けている。

あるいはこれも死語かもしれないが、参議院はかつて「良識の府」と呼ばれていた。良識とは何か。私の見るところ、それは常識とは趣を異にする何かだ。いわば理性に基づいた信念のようなものだろう。個人がそれぞれに自立し、哲学を持つ。そんな社会が前提となる。
各個人が良識に基づき、物事を見通す習慣を身につける。判断力はそこに宿る。

良識の府の構成員を選ぶべき選挙。だが、そこで悪目立ちしたのは一人カルト的な思い込みに支配された候補者だった。

自分の置かれた境遇が思わしくないのは何か他に原因があるからだ。そんな思い込みから責任転嫁に走る。
およそ良識とはかけ離れた言動ばかりが耳目を集めた。

不謹慎との誹りは免れないだろうが、選挙戦最終盤で起きた事件は思い込みに端を発した責任転嫁の典型ではなかったか。
容疑者はまさに置かれた境遇に不満を持ち、統一教会、元首相に標的を絞っていった。
当初は統一教会のトップを狙った。だが、ガードが固すぎて近づけない。そこでより警護の甘い安倍氏を的にかける仕儀となった。時代を象徴する事件といえなくもない。

余談だが、統一教会、さらには日韓関係の問題は掘っていくと、かなり際どいところに行き着く。
そもそもは安倍元首相の祖父・岸信介元首相に源流がある。
岸元首相や実弟の佐藤栄作元首相ら官僚派の自民党政治家は日韓交渉に積極的だった。岸は日韓協力委員会の初代会長を務めている。この組織は「日韓両国間の政治、経済、文化等各分野における民間ベー スの交流を通じて、親善友好・相互理解を図る」ことを目的としている。会長職はその後、福田赳夫や中曽根康弘ら保守本流ではない大物の間で受け継がれていく。

日韓条約は流血の末、1965年6月に締結。この条約の下、戦後20年間にわたって途絶していた両国の国交は正常化していく。一方で「植民地支配の償い」として日本から韓国に支払われることになった5億ドルは日韓政財界の癒着の温床となった。
日韓条約の調印以降は日本の商業借款の流入が韓国政界内の権力バランスを左右するようにまでなった。日本の植民地支配の償いだったはずの5億ドルの賠償金。それは日本企業にとって韓国進出の絶好の機会でもあった。

戦後賠償の出発点は1945年7月のポツダム宣言にある。ここで「賠償は現物で」と規定された。背景には第一次世界大戦後、ドイツから巨額現金賠償を取り立てたことがナチス台頭につながったとの反省がある。ポツダム宣言がいう「現物」とは工業設備を指していた。
賠償が始まったのは日本が高度経済成長期に入りかけた頃のことだ。現実には日本にとって軽負担で済んだ。
戦後賠償をめぐる交渉で韓国をはじめ相手国は経済発展に必要な工業製品を求めてきた。海外進出が念頭にあった日本企業に願ってもないことだ。造船や自動車などの産業は賠償需要で復活のきっかけをつかむ。建設業にとってもアジア進出の足掛かりとなった。

全斗煥政権が1980年9月に発足。「旧体制の一掃」を掲げ、朴正煕前政権の有力者を次々と排除していく。結果として、岸や福田ら親韓派大物政治家は韓国とのつながりを弱めた。そんな中、唯一新たなパイプ作りに成功したのが旧陸軍中佐で「昭和の参謀」と呼ばれた瀬島龍三である。

瀬島は戦後シベリアに抑留。帰国後は数年の浪人の後に伊藤忠商事に入社する。
伊藤忠商事における瀬島の仕事は陸軍参謀時代に培われた人脈を駆使した戦後補償ビジネスの開拓であった。
1950年代半ばまでは中堅商事会社に過ぎなかった伊藤忠商事はわずか10年程度で大手商事会社の仲間入りを果たした。同社は兵器産業にも参入した。鍵を握っていたのは瀬島に他ならない。瀬島は軍人脈に立脚し、政治・経済両面で日本側の裏の窓口として暗躍した。

話を安倍元首相銃撃事件に戻す。
政治の現場から緊張感が失われて久しい。影響は行政官僚の仕事ぶりに如実に現れる。警察庁の警備はあまりに露骨だった。事件翌日から岸田首相周辺で過剰な警護が常態化したと報じられている。これも劣化の一つだろう。

政権選択を争い解散もある衆議院と、良識の府であるはずの参議院では選挙の意味も異なる。参議院選挙では本来なら各政党がグランドデザインに立脚した理念や構想を提示し、論争する格好の機会となるはずだった。多事争論の中で浮かび上がるのは本質的な批判力を持った人材である。
だが、実際の選挙戦はどうだったか。上っ面、表象のみをあげつらい、それが選択行為に結びついていく。これでは劣化するなというほうが無理難題に思える。

よく知られているように、終戦後日本を統治した連合国軍総司令部(GHQ)は国会を一院制にしようと目論んでいた。だが、旧貴族院をはじめ我が国の絵スタブリッシュメントが頑強に抵抗し、二院制が維持されるに至った。だが、現在の参議院にもはや良識の府の面影はない。「衆議院のカーボンコピー」との批判がつきまとう中、存在意義はかつてないほど希薄化していると言っていい。

もっとも良識の府の生殺与奪の権を握っているのは私たち一人一人だ。議会を劣化させているのは政治家ではない。主権者たる国民が選挙にどう参加するか。その態度が議院の存在価値を決定する。
自明のことではあるが、あらためて確認しておく。民主主義は決してお上から与えられるわけではない。参加する側の態度で形作られていくものだ。

30年以上前、東欧圏で社会主義国家が次々と崩壊していった。それらの国々に民主主義や資本主義が直ちに降ってきただろうか。そうではなかった。共産党政権瓦解後は闇市場が経済を席巻。政治的にも閉塞と停滞が続いた。

民主主義、ことに良識の府と呼ばれるほどの議院は国民が自分で作らなければならない。だが、この国の主権者にそうした意識はあるだろうか。どうにも怪しい。結果として国力の一端を担っていたリーダーの一人を死なせてしまった。今回の選挙は後々振り返ったときに転換点となり得るとの指摘もあるようだ。
自らの置かれた境遇をいいほうに転換するのは自分自身である。そうした意識を露ほども持たない有権者ばかりだから、今回のような選挙がまかり通るのだろう。
当選した人たちに今さら言うべきことはない。ただ、「国会には出ない」と言い出し、国外に止まろうとしている人も中にはいるようだ。

日本の主権者に最も欠けているもの。それは自主性だ。まさに「保護領民根性」と呼ぶにふさわしい特性だろう。「原理原則」や「金科玉条」がこの国に根差すのはいつになるのだろうか。

参議院選挙と銃撃事件について私は他人事のように語るつもりはない。現実を直視した上で警鐘を鳴らしたいのだ。
弛緩し油断している状態が続くと、あるとき、思わぬところを突かれる。今回は警察庁によるVIPの警備体制だった。
とにもかくにも、今回の選挙では候補者、論戦、投票の全てにおいて本来の参議院の意義を見失っているとしか感じられなかった。候補者や政党のイデオロギーはこの際あまり大きな問題ではない。右だろうが左だろうが構いはしない。
ただ、政治家として哲学や信念を持った人同士の議論が聞きたいだけだ。
懸念されていた投票率も一応は3年前より上昇した。だが、有権者の半分近くは意思表示をしていない。これで民意と言えるのだろうか。

今回選ばれた参議院議員の任期は6年。2028年まで国会議員の地位が保証される。本来であれば、相当腰を据えてしっかりした仕事ができるはずだ。一廉の論客にこそ議事堂に集まってほしい。

「少しは本気になれよ」

私は日本人に対して本気でそう思っている。

Photo ©Chris 73 2019. Licensed under the CC BY-SA 3.0.

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