政治とは可能性の技術である

それは戦後史における画期だった。
2023年4月13日朝、政府はJアラート(全国瞬時警報システム)と、エムネット(緊急情報ネットワークシステム)を通じ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から発射されたミサイルのうち1つが北海道周辺に落下するとみられると発表。その後「落下の可能性がなくなった」と改めて発表した。
1週間前の4月6日には沖縄県宮古島市沖で陸上自衛隊ヘリコプターによる航空事故が発生している。海岸地形を航空偵察するため、航空自衛隊宮古島分屯基地を離陸した第8師団第8飛行隊(熊本県高遊原分屯地)所属のUH-60JA多用途ヘリコプターが宮古空港から北西約18kmの洋上空域でレーダーから消失したのだ。
「自衛隊は自国を守れるのか?」
そんな疑問を抱いたのは私だけではあるまい。折しも台湾有事の可能性が取り沙汰されている。あまりにも間の悪い出来事だった。

ネット上では「中国が電磁波攻撃を仕掛けてきたのではないか」との声がかまびすしい。電磁波戦は宇宙とサイバーに並ぶ軍事の新分野と見られている。電磁波には通信やレーダーに使われる電波や、ミサイル誘導に必要な赤外線などが含まれる。中国軍は尖閣諸島を含む東シナ海周辺に情報収集機や情報収集艦を派遣しているといわれてきた。
確かに「可能性」はある。だが、全ての可能性を考慮すれば、有力な原因は他にもありそうだ。
例えば、ローターの不良。部品が疲労し、メインローターが吹っ飛んだり、テールローターの効果が失われたりすることがある。これを「整備不良」で片付けては現場のプロフェッショナルが少々気の毒だ。
父親は日本航空に勤めていた。「飛んでいる最中はシートベルトをつけっぱなしにしておけ」が口癖だった。
「ダウンバースト」と呼ばれる気象現象はどうだろうか。下降気流の一種で、地面に衝突した際に四方に広がる風が災害を起こす。このときの突風は風速50mを超えることがある。
航空機にとっては深刻で最も注目すべき気象現象だ。1975年に発生したイースタン航空66便着陸失敗事故の下降流はそれまで考えられていた積乱雲の下降流と異なっており、ダウンバーストと呼ばれるようになった
極端な場合、1kmほど機体が下降することもある。1万mあたりを飛んでいれば、飲み物がひっくり返る程度で済む話。乗客が天井に頭をぶつける事故の元にもなる。高度が低い場合は深刻だ。自衛隊ヘリも局所的な下降気流に襲われたのかもしれない。
現時点で起こり得る可能性を考えれば、ローターの不良やダウンバーストにまだしも分がある。電磁波はまだ海のものとも山のものともわからない。ましてやミサイル攻撃はまずないだろう。

陸自のヘリには10人が搭乗していた。このうち、8人は幹部。司令部の中枢を担う人材も多く含まれていた。
人の生命に軽重の別はない。死んでいい人などいるはずがないのはわかっている。だが、国防の重責を担う選良を一度に失う事態をいとも簡単に出来させてしまうのはどうなのだろう。
尖閣列島周辺がきな臭くなり始めている折、ヘリに幹部が同乗して移動中に事故が発生。とどのつまりはそういう話だ。
「卵を一つのバスケットに入れるな」はリスクヘッジの基本。そんなこともわかっていなかったのだろうか。
私事で恐縮だが、現役時代に勤めていた会社は典型的な同族経営だった。兄弟が社長と専務。社員旅行では全体を2つのグループに分けた。社長組と専務組がそれぞれ別々のフライトで移動する。万が一どちらかが事故に遭っても、会社は存続するわけだ。
持続可能性を本気で考えているのなら、失って困る人員を同じヘリには乗せない。不慮の事故は防ぎようがないからだ。
陸自のヘリは1機で飛んでいた。これも考え難い。なぜ並行して2機を飛ばし、幹部を分散して乗せなかったのだろう。

「危機」を意味する英単語は2つある。「danger」と「risk」だ。前者は人間の知恵でどうにかなるもの、後者は手に負えないものを指す。「危機管理」とは「danger」を「risk」の段階に引き下ろし、手なずける技術を指す。
「変えられるものを変える勇気を、変えられないものを受け入れる冷静さを、そして両者を識別する知恵を与えたまえ」
米国の神学者、ラインホールド・ニーバーの祈りの言葉である。ニーバーはバイデン政権にも影響を与えている理論的な支柱だ。

危機管理の精度をどこまで上げられるか。大事なのはどこまでが変えられ、変えられないかをとことん追求することだ。この姿勢はまさに米国流と言っていいだろう。管理できる領域を可能な限り広げる。これはマーケティングの常道でもある。
ひるがえって我が国はどうか。Jアラートは鳴ったものの、どこまで役に立ったのか。「不要論」まで出てくる始末だ。
危機の最中、嵐が過ぎ去るまでひたすら首をすくめていればいい。触れたくないものからは極力目を背けていたい。そんな心性がどこかにあるのではないか。
米国による核の傘の下にいればいい。誠にお気楽な発想である。当の宗主国が「傘の役割はごめんこうむりたい」と隠に陽に示唆しても、気にかけない。

北朝鮮はミサイルに核弾頭を搭載するだろう。「家の中にお入りください」では何の対策にもならない。具体的にどう行動すればいいのか。政府がアナウンスすべきはそこだろう。
海外には当たり前に存在する核シェルターの市場。国内ではまだまだだ。もちろん、「本当に役に立つのか」との疑念はある。
欧米諸国はシェルターをどれだけ備えているのか。どこかにそんなデータもあるだろう。調べておかなければならない。
国内で公開されているシェルター情報の一つがNPO法人「日本核シェルター協会」によるものだ。同協会が2014年に発表した資料によれば、各国の人口あたりの核シェルター普及率は、スイス、イスラエルが100%、ノルウェーが98%、米国が82%、ロシアが78%、英国が67%。これに対し、日本は実に0.02%に過ぎない。

この国の指導層は世界の現状を何と心得ているのか。このコラムでも繰り返し述べてきた通り、ある意味で戦争はすでに始まっているのだ。
諜報活動が苦手な理由も恐らく同根なのだろう。陸上自衛隊には「幕僚監部運用支援・情報部別班(別班)」と呼ばれる組織がある。冷戦時代から首相や防衛相(防衛庁長官)に知らせず、独断でロシアや中国、韓国、東欧などに拠点を設け、身分を偽装した自衛官に情報活動をさせてきたという。
ある識者は別班の活動は「文民統制から外れる」と否定。だが、同様の組織は先進諸国なら、どこにでもある。むしろ、国家にとって「必要不可欠」なものと認識しているのではないか。

またも日航時代の父の話。当時、ソ連と相互乗り入れする航路を作ったことがあった。日航は米国製の性能のいい機体を使っている。それと比較すると、ソ連の技術は立ち遅れていた。
機体の不備をカバーするために、ソ連側のクルーは必然的に大所帯になる。1ダースほどの乗務員がいたという。
ソ連のクルーには必ず共産党員が一人帯同していた。日本で亡命に走る乗員がいないか監視するためだ。
ソ連当局は日航に対し、「必ず同じ数のクルーを置け」と要請。外交は相互認証によって成り立つ。均衡が第一である。日航は受け入れた。
父は気象の専門家として日航に雇われていた。本来であれば、全くその必要はないのだが、「人質クルー」に加わり、たびたびソ連を訪問した。
現地での厚遇は筆舌に尽くし難いものがあったという。ソ連側が用意したホテルに宿泊。エルミタージュ美術館をはじめ、数々の名所を訪うことに力を注いだ。20世紀最高のピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルの名演に耽溺し、世界最大のボリショイ・バレエ団の至芸も堪能した。何もすることがないのだから、当然だ。
もっとも日航クルーには必ずKGBの監視がついた。ソ連側のクルーが日本で亡命に及べば、同じ人数の日本人クルーが現地で拘束される。その後、身柄を確保し、しかるべき時期に両者を交換。これが外交の鉄則である。
大手製薬会社・アステラス製薬社員の日本人男性が「反スパイ法」違反の容疑で中国当局に拘束された。本来なら、日本に駐留する中国人を拘束すべきところだ。ところが、政府は外交上の手続きを怠った。
林芳正外相は手ぶらで訪中し、アステラスの社員を返すよう要請したが、不発に終わった。解放などするわけはない。「粛々と進めます」との回答は当然だ。最悪の結果もあり得る。
相手方の機嫌を損ねるような真似はしたくない。その結果、国民に犠牲を強いる。この国の為政者はどこを向いて仕事をしているのだろうか。

それにしても、父が羨ましい。私はニューヨークやパリ、ロンドンの美術館には足を運んだ。だが、エルミタージュ美術館にはまだ行ったことがない。
父は現地で図録を買い求め、持ち帰った。大部だったから、道中は大変だったはずだ。当時のソ連は印刷技術もおぼつかなかった。インクの質が見るからに悪く、臭かった。それらの図録は今も我が家にある。
匂いの問題はまあいい。大事なのは美術館の収蔵品だ。イタリア・ルネサンスからスペイン、フランドル・オランダ、フランスの印象派以前と以降。名品のオンパレードだ。エカチェリーナ2世のコレクション以来の伝統が息づいている。
旧ソ連の芸術における深遠さは米国の比ではない。「リヒテルを聴いている身にすれば、ヴァン・クライバーンのような若造など大したことはない」と父はよく評していた。
日本はどうか。芸術同様、政治にも深みが足りない。ドイツ帝国の初代宰相ビスマルクは言った。政治とは可能性の技術だ。

Photo licensed under the CC0 1.0.

  • URLをコピーしました!